キャリステニクス(自重トレーニング)についての本は数多あれど、暴力的でシビアな環境で生き抜くための身體造りを説く本書は地味ながら王道とも言える深さを持っている。
メニューは極めてオーソドックスだが、筋力が平均以下の人でも時間をかけて徐々に負荷を上げていけば、最終的には誰でも強靭な筋力を確実につけることができる、という内容。
写真で説明されているトレーニング方法は特に目新しさや派手さは全くなく、眺めているだけでは物足りなさそうに感じてしまうくらいだ(もちろん、実際にやってみるととんでもなくキツいのだが)。
例えば、Pull up(懸垂)などは、昨今、多くの筋トレYouTuberがやっているように、最終目標をMuscle up(懸垂して頭がバーの上に出たら、さらに上半身を完全にバーの上まで持ち上げる)に置いているが、本書ではそこまでしない。これは刑務所という環境では、鉄棒のある運動場が無い限り、ぶら下がる環境そのものが制限されていることもあり、その範囲のトレーニングで十分な鍛錬が可能ということだろう。
本書で出色なのが「ブリッジ」を重視している点だ。人體において脳の次に重要かつデリケートな器官である脊髄、それを保護するように進化した脊柱、その脊柱を支える筋肉群である脊柱起立筋を鍛えることの重要性が説かれている。
「もし世界中でもっとも大切なエクササイズはなにかと問われたら、ブリッジだと答えるだろう。どんなエクササイズもブリッジには及ばない」とまで著者は断言する。
ブリッジで脊椎起立筋を鍛えてもフィジーク・コンテストでポイントが稼げるわけではないので、現代のトレーニングでは重視されていないのだろう。
しかし「ブリッジは背中や腰の痛みをなくし、その人をより健康的に、より強く、より速く、より機敏にする。持久力も増やす」とまで言われれば試してみないわけにはいかない。
「フル・ブリッジ」をかけられるようになるまで、実際に10日ほどかけて徐々に練習してみたところ、著者の言う「今まで使われることがなかった脊椎筋の深い層を目覚めさせる」感覚を覚えたし(つまり今まで経験したことのない部位の筋肉痛)、慢性的な腰の痛みもかなり軽減した。
この本に書かれている方法は、誰でも自分の體一つをジムにして、安全に筋力を増加させるステップであり、米国でまさに「バイブル」とされているのも腑に落ちる。